FC2ブログ

小沢岳と跡倉クリッペ 2018/9/8日


2018/9/8日
あまり天気は良さそうでは無いようなので、傘を差しても登れるような山にと思い、久し振りに西上州の小沢岳に行くことにしました。普段通りに起きて朝食を済ませ、コンビニで食糧を調達し、いつものように、ドリップコーヒーを飲みながら運転。何でもない事なのですが、コーヒーを飲みながら、これから行く山に想いを馳せ、どんな景色が・・どんな花が 何て考えながら、山に向かう時間が、少しの旅が始まるようで好き時間なのです。


 大日如来が鎮座する小沢岳山頂
P1010569.jpg


西上州の山にはヤシオツツジの咲くころは毎年出かけていますが、それ以外のシーズンは最近はすっかり御無沙汰しています。




歩き始めの林道
P1010538.jpg



群馬に住むようになって最初の頃は、西上州の山ばかり登っていました。当時は「40過ぎたら西上州」なんていう諺まであって、簡単に登れて、それでいて山の雰囲気や姿も良く、毎週のように登っても飽きませんでした、その為、西上州の山は殆ど全部登りました。



P1010539.jpg



P1010540.jpg



         椚峠付近の登山口
P1010546.jpg



今日これから登る小沢岳に始めて登った時は、山頂で奥さんとワインなどを優雅に飲んでいる、冨岡から来たと言う夫婦に出会いました。ノドから手が出てしまいそうなくらい、飲みたいなー 何て思っていたら、「いかがですかー 」と紙コップにワインを注いで持って来てくれました。これが実に旨かったー 。処がその方にはその後三ツ岩・笠丸・両神と3周連続して出会い、すっかり山友になりました。



P1010550.jpg



P1010553.jpg



その後、その冨岡の夫婦の友達で、やはり冨岡に住んでいる、夫婦の方と二組の夫婦を、長野や新潟やアルプスなどあちこちの山に連れて行きました。



P1010556.jpg



P1010557.jpg



そんな時代から、もう20年近く過ぎました。すでにその二組の夫婦の御主人は、遠い所に旅立ち、今は会うことが出来ません。今でもその頃のことが時々懐かしく想い出します。特に奥方達は角田の雪割草や三峰からの北アルプスのような大展望を眺めた時は、悲鳴のような大きな声で歓声を上げます。その歓声が楽しくて、そんな景色が見えそうな時は、私はわざと後ろにいて、今か今かとその歓声を待っていました。



P1010565.jpg



          山頂直下
P1010567.jpg



          小沢岳山頂 1089m と大日如来
P1010571.jpg



          山頂にある祠
P1010572.jpg



大日如来像には文化7年と書かれてあります。その頃はロシア軍が通商を迫ったり、シーボルトが日本の地図を外国に持ち出そうとした事件があった頃で、その時のシーボルトの通詞は連座して、冨岡の七日市藩に罪人として預けられましたが、医療に詳しく、近郷近在から病気の方が押し掛けて来たそうです。



          山頂からの景色は 今日は何も見えません
P1010573.jpg



P1010575.jpg



大日如来像と祠の前に賽銭箱が置かれてありますが、その賽銭箱は山友の冨岡の方が造って置いたものです。この界隈の山には、鹿岳・四ツ又や妙義などにも沢山祠の前に置いてあります。



          大日如来の前で食事をして 下山しまし
P1010574.jpg



夏の終わりの霧雨では なんにも無い今日の山ですが、想い出だけはイッパイある山です。



          下山の頃
P1010578.jpg



P1010580.jpg



小沢岳に行くには下仁田の跡倉を通り登山口に入ります。途中にはこの辺りにたくさん有る、石灰岩を利用して炭酸カルシュームを作っていた大きな工場もあります。ここには跡倉クリッペと言われている日本ではここにしか無い珍しい地層があります。クリッペとは「根無し山」と言う意味だそうです。根なし山???。



P1010586.jpg



丁度この辺りには、日本の中央構造線が通っています。ユーラシア プレートと太平洋プレートの衝突するところです。太平洋の海に浮かんでいた島々が1億年前後の時間を旅して、この辺りの上に横滑りして来ました。いままでここにあった地質は、下仁田の青岩公園に今でもある青い色をした岩盤で、その上に太平洋を越えて来た山々が乗っかって出来た山のためクリッペと言われています。上と下の地質が全然違った地質になり、上部の岩や山にはアンモナイトなどの化石も多く発見されています。



P1010588.jpg




その証拠のある大桑原の褶曲(しゅうきょく)見て来ましたクリッペ形成時期に北から南へ地層が押しかぶさった所です。岩々が丸く、ひらがなの「の」の字のようになっています。



          大桑原の褶曲
P1010584.jpg


次に 宮室の逆転層を見て来ました。水の中で砂や泥がたまると、大きい粒は下に、細かい粒は上にたまります。逆転した岩は粒が大きい方が上になっていて小さい粒の岩が下になっています。なぜ逆転したかと言うと。先ほどの褶曲の岩のように、海苔巻き寿司のような丸い岩は、皿に乗せれば ノリは上で米粒はその下ですが、皿に触れている下の方は逆にノリが下で米粒が上になっています。そのように大きな力で押しつぶされて逆転しました。そこには虫が這った跡も残っています。



          宮室の逆転層
P1010589.jpg



P1010590.jpg



松尾芭蕉の「奥の細道」の冒頭部分は

月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり、と書かれていますが、今日登った小沢岳も遥か遠く一億年の旅をして、今ここに聳えているのでしょうか??。人間の一生の旅はそれに比べれば、一瞬の短い旅ですが、それでもまだまだ旅の途中です。

片雲の風に誘われて漂泊の思いやまず・・・私もそんな気分で山旅を続けます。


My Collage222





スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

プロフィール

インレッド

Author:インレッド

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR